神道のキモ② 産霊(ムスヒ)のパワー


  • まめ知識の『君が代について』でもご紹介した 国際派日本人養成講座の記事をご紹介いたします。
    僕個人の感想や考えを入れつつ若干文章を変えていますので、是非オリジナルのページもご覧下さい。 なお、転載・加筆・減筆にあたり快諾頂きまして、有難うございます。
    君が代の時はNo93、こちらのレポートはNo330です。

  • 産霊(ムスヒ)の力
    • 神道では、稲作を通じて形成された「モノを生み出し、 造り成す」という産霊(ムスヒ)の力への信仰があります。

      古事記・日本書紀の神話は、天地の始めに天之御中主神(あめの みなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみ「むすひ」のかみ)、神産巣日神(かみ「むすひ」のかみ)の造化三神が 天地・山河・自然を創成したところから始まりますね。

      『ラストサムライ』という映画が大変ヒットしましたが、その映画のオープニングも、 海に大きな剣を突き刺して、掻き回すところから大地が成る、という 神話のムスヒの神の話が出てきますよ。
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      産霊は生殖によって生命を産み出す力をも意味し、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と 伊邪那美命(いざなみのみこと)は 結婚して、日本の国土を産みなす「国生み」や、多くの神々を 誕生させる「神生み」を行っています。この二神から生まれた子供の 中に、五穀を実らせる和久産巣日(わくむすひ)の神、火を産み出す火産巣日(ほむすひ)の神などもいるんですね。
      このように「産霊」の力は天地万物を創成し、人や作物を産み出し、豊穣と繁栄をもたらすもので、 多産による子孫繁栄、豊作による五穀豊穣、生産と技術による企業の繁栄、 さらには国と国との結びつきによる平和をもたらす、と考えます。
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      「ムスヒ」とは「結び」であり、さまざまなものを結びつけて、 そこから生命や活力を産み出していく力です。

      水素と酸素が結びついて水となり、 男女が結びついて子供ができ、 家々が結びついてムラやクニができる。

      現代流にネットワーキングと言ってもよいでしょう。すべてのものは「結び」から生み出される、 という自然観、社会観は、現代科学にも通ずる合理的な考え方だと思います。

  • グローバル・ビッグ・ビジネスの守り神
    • トヨタ自動車は2003年の世界の自動車販売台数で、ついにアメリカのフォード・モーターを抜いて、 世界第2位に躍進し、今や、日本経済復活の旗手となった感がありますが、 このグローバル・ビッグ・ビジネスに守り神がいるのをご存じですか?

      トヨタ神社」と呼ばれる愛知県豊田市の豊興(ほうこう) 神社で、鉄の神様である金山比売(かなやまひめ)、金山比古 (かなやまひこ)を祀っている。トヨタ創業の大正14(1925) 年に建立されています。

      世界第2位となった現在でも、毎年、年頭にトヨタ自動車や関連グループの首脳、幹部役員 が勢揃いして参列する前で、神主が祝詞を奏上し、参拝者全員 がトヨタの繁栄と安全を祈ります。この年頭神事は神社建立以来、 毎年行われているものです。

      日本には、トヨタ同様に守り神を祀る企業が少なくありません。

      三菱グループの守り神・土佐稲荷は一般に「三菱稲荷」(東京三菱銀行・大阪西支店の屋上に社殿が建立)
      三井グループは東京の台東区牛島の隅田川畔に祀られた三囲(みめぐり)神社
      日立製作所の熊野神社
      東芝の出雲神社
      出光興産の宗像神社
      資生堂の成功稲荷
      キッコーマンの琴平神社
      等々。
      私の地元呉でも、IHI呉工場敷地内には大和神社、 広島ガス呉支店の敷地内には稲荷神社、 三菱日立パワーシステムズ呉工場の敷地内には熊野神社、等々。 すべて立派な社殿が建立されており、私ども亀山神社の神職により毎年祭典をご奉仕申し上げております。

  • 企業が守り神を持つ意味
    • これら日本を代表する国際的な大企業が、揃いも揃って、 それぞれの神様を祀っているというのは、どうした訳か?  一社だけならアナクロニズム(時代錯誤)と一笑に付すこともできようが、 これだけ揃うと、そこには何か合理的な理由があると考えざるを得ません。

      その理由は、各企業で年頭や創立記念日などに行われる神事 に立ち会って見ると実感できるはずです。

      社長以下、幹部が打ち揃い、なかには従業員や家族、取引先や地域の人々も参加して、 企業の繁栄を祈る。
      日頃は利益競争や出世レースにしのぎを削っている人々も、 この日ばかりは、その企業が歩んできた歴史を振り返り、 自分たちはリレー走者の一人として、先輩から企業を受け継ぎ、 さらに発展させて、次世代に渡す使命があることに思いを致す。 同時に一同に会した人々が力を合わせて、その使命に向かわね ばならない、という決意を新たにする。それによって自らの姿勢を正し、 明日への行動のエネルギーが生まれる。

      と、いった感じでしょうか。

      こうして年に一度は、自分が企業という共同体の一員であることに思いをいたし、 全体に対する責任と使命感を再確認する所に、各企業で守護神を戴き、神事を執り行う意味があり、 それは深い意味での社員教育となっているはずです。

  • 現代のハイテク社会を支える「祈り」
    • 守り神を持つのは企業ばかりではありません。

      福井県敦賀市の日本原子力発電・敦賀発電所には、神棚が設けられ、地元の常宮 (つねのみや)神社の神札が祀られています。毎年6月末には幹部関係者が参列して、 安全と繁栄を祈る「安全祈願祭」が行われています。
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      同県美浜町の関西電力・美浜原子力発電所には丹生(にう)稲荷神社。 新潟県柏崎市と刈羽村をまたぐ東京電力の柏崎刈羽原子力発電所では、 7基の各発電機に神棚が設置され、伊勢神宮の天照大神が祀られています。

      海上自衛隊の艦船には、任務の円滑な遂行と航海安全を祈って、神社の神札を奉安した神棚が祭られています。 たとえば精鋭の主力艦である護衛艦「ひえい」には艦名にちなんで、 東京・千代田区の日枝(ひえ)神社からいただいた神札が、 神棚の白木の小さな宮に祭られており、参拝は乗組員の自由意志で行われるそうです。
      呉基地の各艦船も、氏神である当社のお神札や、名前にちなんだ神社のお神札等お祀りされています。 年頭や出航前には、お詣りされる方も多いですよ。

      航空会社では、新鋭ジェット旅客機の導入にあたって、神官に来て貰って、機体を祓い清め、安全を祈ります。 パイロットたちは、航空安全を祈って神社に参拝し、操縦席に神札を貼っているそうです。
      そう言えば、我々も車を買ったときに神社でお祓いを受けたり、安全運転のお守りを運転席に吊したりしますが、 それと同じ事が、原子力発電所からジェット機まで行われているんですね。

      その意味合いは、我々が車にお守りを吊すのと同じです。 今の時代、神様にお祈りしただけで、安全が保証されると信ずる人はいません。
      神様に安全を祈る事を通じて、自分自身でも努力することを誓う
      お守りが目に入るたびに、自分自身も安全運転をしなければと気を引き締める
      そこにお守りの効用があると言えるでしょう。

      どんなにハイテクの設備を使っていても、それを使うのは人間です。 その人間がときおりの祈りを通じて心を新たにして、 安全運転に取り組む。 原子力発電所から、空や海の安全まで、 現代のハイテク社会はこうした「祈り」に支えられている、と言えるのではないでしょうか。

  • 「神人共働」
    • 古来より、日本において、ものづくり=結び(ムスヒ)なんですね。

      例えば、自動車をつくる事であれば、
      土の中に眠っていた鉄鉱石→精錬されて鋼板→成形されて車体
      その車体に、ゴムのタイヤや、ガラスの窓、プラスチックの内装品、織物のシートなど、 多種多様な材料からなる部品が数万点も組み付けられて、自動 車が産み出されていくプロセスは、まさに現代版「結び」の力そのものです。

        このようにモノを生み成し、造り出す「結び」の力への信仰 は、モノづくりを尊ぶ姿勢につながります。天照大神も、田の神の 姿をした祖霊・穀霊も、そして皇居では天皇も、人々と共に働 き、豊かな秋の収穫を目指すわけですが、この「神人共働」の神道的意識 は、売上げや利益に関わりなく、モノづくりそのものが尊いの だ、という信念を醸成します。モノづくりとは、今も時々刻々に 宇宙をより豊かなものへと創造しつつある神々の大事業に、人 として参画すること、なのです。
      日本人のソウル・スピリッツですね。

        旧約聖書では、アダムとイブは知恵の木の実を食べた罰とし て、神から楽園を追放され、額に汗してパンを得なければなら ない境遇となりました。労働は神に追放された人間が、パンを得る ためにやむなく、なさねばならない苦行と言う設定です。
      ヨーロッパでは16世紀前半の宗教改革によって、ようやく労働は神が 人間に与えた使命である、という労働観が一般化して、日本古 来からの考え方に近づくきますが、それまではこの「労働=苦行」と いう考え方が主流だったんです。

       古代中国でも、漢字の「労」は「苦労して働く」という意味 のほかに、「疲労」や「心労」などの意味をもっていました。つま り労働とは、すなわち苦労や疲労、心労である、という考え方 あなんですね。

  • 高度産業社会発展の原動力
    • 前述の、労働に対する考え方は、現代社会においても顕著に表れています。

      労働とは生きていくための苦行であると考えると、カネさえ 得られれば、苦労して働く必要などない、という事になり、地 道に働くより、一攫千金の投機に乗り出した方が利口だ、とか、 早くカネをためて楽隠居しよう、とか、ひどい場合にはコピー 商品で手っ取り早く稼ごう、などいう方向に走りがちです。思い当たる国って、結構ありますね。
      これでは技術革新を通じて産業を高度化していく事を本質とす る近代産業社会はなかなか発展しません。

       それに対して、労働自体が尊いという日本古来の考え方では、 工場の作業者は現場で地道に技能を磨き、商店主は商品の仕入 れや並べ方に工夫をこらし、一財産をなした企業のオーナーで も、熱心に技術革新に取り組む。一人一人のこうした働きが高 度な産業社会を発展させる原動力となりえます。

       幕末に日本を訪れたペリーの一行は、日本のモノづくりの技 術力に驚嘆して、開国後の「日本は将来きっと機構製品の覇権 争いで強力な競争国の一つとなるだろう」と正確な予言をした ことは有名ですが、労働と技術を尊ぶ神代からの伝統が大きく影響しているはずです。

  • 不良・故障は「ケガレ」
    • モノづくりとは、神々が宇宙を作り出す「むすび」の過程へ の人間の参画である、と考えると、不良品を作ることは、神の 足を引っ張る罪悪であるという事になりますよね。
      不良品とは「結び」の力や方法が不十分なために、本来発揮できたはずのモノの生 命力が引き出せなかった、ということであるわけです。それはそのモノ の「生命」を粗末にしてしまった、という、まことに申し訳な い事なワケで、不良を出すことに罪悪感を覚えて、製品にわ ずかなキズや欠陥があっても恥と感ずる日本人の感性は、こんな所から来ていると言えます。
      それゆえに不良ゼロ、 欠陥ゼロ、故障ゼロを目指して、あくなき努力を続ける事ができるのですね。

       日本以外の国々では不良とは単なる「経済的損失」に過ぎな いので、「10個の内1個不良品があるならば、最初から1個余分に作ればイーよ」という発想になるようです。
      だから百円の不良をなくすために、百万円のコストをかけ ても改善に取り組む日本人の執念は非合理的としか考えられな いんですね。

       しかし、こうした取り組みで不良の生まれるメカニズムが解 明されれば、製品の信頼性を飛躍的に高める事ができます。自動 車や飛行機、医薬品、食料品などでは些細な不良が人命事故に つながりかねません。また銀行のオンライン・ネットワーク、新 幹線、原子力発電所などでは、設備の故障が大規模な災害をも たらす恐れもあります。ハイテク社会になればなるほど、製品の信 頼性への要求も自然と高まり、不良ゼロ・故障ゼロへの執念を持つ日 本のモノづくりは、こうした先端技術分野で強い競争力を持ち得るワケです。

       一方、消費者の方も、ちょっとしたキズや汚れにも実に過敏 です。
      見事な「むすび」によって生み出された製品は、美し く若々しい生命力に満ちあふれたものでなければならない。
      そ う信ずる日本の消費者は、ちょっとでもキズや汚れがある製品 には、生命力、すなわち「気」が十分入っていない、と不満を 感ずるんですね。
      「気」が枯れている状態が、「気枯れ」すなわちケガ レであり、日本の消費者は世界一、品質要求が厳しいと言われ るが、その背景にはこのケガレを厭う心理があると言えるでしょう。

       さらに不良や故障を徹底的になくそうという取組みは、より 高度な製品を生み出す技術革新につながる。本誌でも、血管の 4分の一の細さの「痛くない注射針」や、100万分の1グラ ムの歯車を作り出した中小企業を紹介したが、こうした桁違い の技術力は、何よりも創造を喜びとする「むすび」の思想の賜です。

  • モノづくりの国際競争力を支える神道的世界観
    • かつての村落共同体では、人々は鎮守の森を抱く神社で、豊 作を祈る祭りを執り行い、ムラとしての一体感・連帯感を養ってきました。これも人々の間の「結び(ムスヒ)」です。

       日本の生産現場では、不良ゼロを狙う小集団活動の発表大会 が定期的に開かれ、良い成果をあげたグループを顕彰すること を通じて、不良ゼロ・故障ゼロへの「祈り」を再確認する。こういった事も、 ムラの祭りと同様に、職場の連帯感を養う「結び(ムスヒ)」です。

       前述の、企業ごとの神事も、それぞれの神への繁栄と安 全の祈りを通じて、連帯感を養うという意味で、ムラの祭りと 本質的に同じ「結び(ムスヒ)」です。

       製品や技術が高度化すればするほど、多くの人々が連帯感で 結ばれて、より緊密な連携を実現し、しかも一人ひとりがミス のない完璧な仕事をしなければならない。こうした人々の「結 び(ムスヒ)」こそ、高度産業社会に不可欠な組織基盤となります。

       神道はキリスト教や、イスラム教、仏教のような明確な教義 や戒律を持ちません。神道を「宗教」として信じているという自覚のある人は少ないと思われます。 神道は宗教と言うより、一種の世 界観であると言った方が良いのかもしれません。

      その世界観は「むすび」の思想 にみられるとおり、最先端の科学技術ときわめて相性が良く、 我が国のモノづくりの国際競争力の基盤を提供しているのであ ります。こうした強みを、意識的に鍛え、発揮していくことが、我 が国の産業競争力の強化に有効な道だと言えるでしょう。 このレポートでは、最後に

      2月11日は建国記念日。日本書紀によれば、辛酉の年(紀 元前660年)の元日であるこの日、初代神武天皇が橿原の宮 で即位された。企業の従業員が創業記念日に守り神への祈りを ともにする事で、歴史を偲び、次代への使命感を新たにする。 それと同じ事を国家レベルで行うのが、建国記念日の意義であ ろう。

      と、伊勢雅臣編集長のお名前で締めくくってあります。
      この国際派日本人養成講座を読んでいると、 日本という国に誇りを持てる。もっと誇りを持って良いんだよと、非常に判りやすく論理的に説明してあります。
      お奨めですので、皆さんも是非ご覧下さいね。